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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)9556号 判決 1977年10月28日

原告 株式会社東京相互銀行

被告 株式会社永信物産 外二名

主文

一  別紙物件目録記載の建物について被告志村澄子と同株式会社永信物産との間において成立した別紙賃貸借目録(一)記載の賃貸借契約および被告株式会社永信物産と同佐藤吉一との間において成立した同賃貸借目録(二)記載の転貸借契約をいずれも解除する。

二  被告株式会社永信物産および同佐藤吉一は、同志村澄子に対して、別紙物件目録記載の建物を明渡せ。

三  訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨の判決を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告永信物産、同佐藤吉一)

原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、原告の負担とするとの判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四九年三月五日訴外株式会社笠原商店(以下訴外会社という)を債務者とし、被告志村澄子(当時は、旧姓笠原)を根抵当権設定者として同被告所有の別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)のほか建物一棟、土地二筆(うち一筆は本件建物の敷地の共有持分権)を共同担保として、債権極度額は二〇〇〇万円、順位は、本件建物およびその敷地につき第二番、その他の物件につき第一番の根抵当権をそれぞれ設定し、同年同月六日その旨根抵当権の設定登記を経由した。

2  その後、原告は、訴外会社に対し右根抵当権の被担保債権として総額一九六二万一三八一円の債権を取得するに至つたので本件建物のほか、前記共同担保権を設定した建物一棟、土地二筆につき東京地方裁判所に根抵当権実行による競売申立をなし、昭和五〇年九月九日競売開始決定(東京地方裁判所昭和五〇年(ケ)六四一号)を得、目下競売手続が進行中である。

3  これよりさき、被告志村澄子は、昭和五〇年四月二二日、被告株式会社永信物産(以下被告会社という)に対し、本件建物を期間三年、賃料月額二〇〇〇円、毎月末日払の約定で賃貸し、次いで被告会社は、同佐藤吉一に対し同年同月、同建物を期間の定めなく賃料月額四万円の約定で転貸し、その引渡をなした。

4  右賃貸借および転貸借は、民法三九五条所定の期間内のものであるが、次のような事情で抵当権者である原告に損害をおよぼすものである。

(一) 原告の訴外会社に対する昭和五二年七月二〇日現在における前記被担保債権の元本および利息、遅延損害金の合計残額は一八七一万三二六二円である。

(二) 右残債権につき本件建物と共に根抵当権を設定した土地建物についても任意競売手続が進行し、これによつて回収され得る額は八七五万五二一〇円である。

(三) 本件建物については、第一順位抵当権者として訴外株式会社協和銀行のために抵当権の設定がなされ、その旨の登記があるところ、同抵当権によつて担保されるべき債権額は、昭和五二年七月二〇日現在において三三七万二八〇〇円である。

(四) 本件建物(その敷地である土地の所有権に対する共有持分を含む)に対する最低競売価額は、当初一〇二四万円と定められたが競買人がなかつたため低減され、第三回競売期日において八三〇万円と定められたが、右価額によつても競買申出人がなく、現状のままでは右価額は更に減額される状況におかれている。

(五) 以上の事実に基いて(本件建物について第三回競売期日における最低競売価額により競落されたものとして)、原告が本件建物の競売により回収し得る債権額を算出すると四九二万七二〇〇円に過ぎず、共同担保物件による回収見込額を併せてもなお五〇三万〇八五二円の債権を回収することができない結果となり、同額の損害を蒙ることとなる。

(六) 競売手続において、右のとおり競買申出人がなく、第三回競売期日まで漸次最低競売価額が低減され、なお競買申出人がないのは、本件建物につき被告らにおいて前記のとおり各賃借権が設定され現にこれに基いて占有しているためであり、右賃借権の設定がなければ、当初定められた最低競売価額は更に高額になり、前記第三回競売期日における競売価額より高額な競売価額で競落されることは明白である。

(七) しかも被告志村および被告会社は、本件建物のみならず、前記共同担保物件にもそれぞれ賃借権を設定してこれを転貸しており、これによつて競売手続が開始された場合の手続の進行を妨害し、競売価額を引き下げて自ら競落する意図に出たもので、抵当権者を害する意思すら有するものである。

5  よつて、原告は、民法三九五条但書により、本件建物につきなされた別紙賃貸借目録記載の賃貸借ならびに転貸借の解除および同法四二三条により、被告志村澄子に代位して、被告会社、同佐藤吉一が同志村澄子に対して本件建物を明渡すことを求める。

二  請求原因に対する認否

(被告会社、同佐藤吉一)

1  請求原因1の事実のうち、被告志村澄子所有の本件建物につき原告主張のとおり極度額二〇〇〇万円の根抵当権が設定されその旨登記されていることは認めるが、その余の事実は知らない。

2  請求原因2の事実のうち原告が訴外会社に対し、原告主張のような債権を有する事実は知らないがその余の事実は認める。

3  請求原因3の事実は認める。

4  請求原因4の事実のうち本件建物およびその敷地について原告主張のような第一順位の抵当権が設定されていること、同物件の最低競売価額が原告主張のとおりの額である事実は認めるが、その余の事実は不知ないし争う。

5  不動産所有権は利用権と担保権から成立するものであり、原告は本件建物につき担保価値を中心にして融資をしたものであり、用益価値については当然民法上許されている短期賃貸借契約による賃借権が将来発生することを予測していたものである。

従つて民法上短期賃借権として被告らの権利は法律上保護を受けるべき権利であつて、特に原告を害することには当らないこと自明の理である。

(被告志村)

公示送達の方法による適式の呼出を受けたが本件口頭弁論期日に出頭しない。

第三証拠<省略>

理由

一  証人栗田記義の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証、第六号証の一、二、第七、第八号証の各一ないし五および成立に争いのない甲第一〇号証の二によれば、原告は、昭和四九年三月五日被告志村澄子(当時旧姓笠原澄子)との間に、同被告所有の本件建物のほか、建物一棟土地二筆(うち一筆は本件建物の敷地で持分一五分の一)を共同担保として原告主張(請求原因1)のような根抵当権設定契約が成立し、同年同月六日、その旨根抵当権設定の登記がなされたことが認められる。

同証人の証言により真正に成立したものと認められる甲第九号証によれば、原告は、右抵当権に基き、本件建物(同敷地に対する前記持分を含む)について競売の申立をなしたことが認められ、右申立により昭和五〇年九月九日競売開始決定(東京地方裁判所昭和五〇年(ケ)第六四一号)がなされ現に競売手続が進行中であることは当事者間に争いがない。同証人の証言および同証言により真正に成立したものと認められる甲第六号証の一、二、第七、第八号証の各一ないし五によれば昭和五二年七月二〇日現在における原告の抵当債権額は、一八七一万三二六二円であると認められ、他に右債権の存在を否定すべき証拠はない。

二  本件根抵当権設定契約成立後、昭和五〇年四月二二日本件建物につき、被告志村澄子と被告会社との間に原告主張のような賃貸借契約が、同年同月被告会社と同佐藤吉一との間に、原告主張のような転貸借契約がそれぞれ成立し、本件建物の引き渡しも完了し被告佐藤が現に占有して使用していることは当事者間に争いのないところである。

右賃貸借および転貸借は、民法第三九五条所定の期間を超えないものであるから原告の前記抵当権の設定登記の後に設定されたものではあるがこれに対抗しうるものである。

しかしながら成立に争いがない甲第一四号証の一、二、第一六号証の一、二によると、本件建物およびその敷地を除く前記共同担保物件は、一括して競売に付され、昭和五一年一一月二二日に東京地方裁判所において九〇九万円で競落許可決定がなされ、右競売手続に要した費用は昭和五一年一一月二五日現在の時点で二五万六三九〇円と認められるから、右競売によつて原告が右根抵当権の被担保債権につき支払いが得られる額は八八三万三六一〇円を超えないものと認められ、原告の訴外会社に対する右根抵当権の被担保債権はなお九八七万九六五二円を余すこととなる。

そして、成立に争いがない甲第一〇号証の一、二、第一一、第一三号証の一ないし三、第一七号証によると、本件建物およびその敷地の持分については一括して競売に付せられ、東京地方裁判所からその評価を命ぜられた不動産鑑定士村島穣によつて本件建物につき九七五万一〇〇〇円、敷地につき四九万七〇〇〇円と評価され、最低競売価額は一〇二四万円と定められたこと、しかし、右最低競売価額によつて実施された第一回競売期日には競買の申出がなく、その後第二回競売期日においては九二二万円、第三回競売期日(昭和五一年九月一六日)においては八三〇万円と漸次最低競売価額が引き下げられたがいずれも競買の申出がなく経過していること、本件土地およびその敷地については、原告に優先して訴外株式会社協和銀行(荻窪支店)において抵当権(元本三五〇万円)の設定があり、昭和五一年七月八日の時点において、右訴外銀行の被担保債権は、元本二四八万円と、これに対する昭和五一年六月三〇日以降年一八パーセントの割合による利息金が残存していることの各事実が認められ、これらの事実からすると、右第三回競売期日の最低競売価額によつて競落されたとしても、原告はこれによつて五〇〇万円程度の支払いを得るに過ぎず、なお四八〇万円余の未回収債権を余すことになり、成立に争いがない甲第一九号証によると、訴外会社は昭和五〇年六月一八日東京地方裁判所において破産宣告を受け、他に特段の資産があると認めるに足りる資料もないから、右未回収債権はそのまま原告において回収のできない債権として残るものと認められる。

三  ところで一般に建物の売買において当該建物に賃借権が設定されて賃借人が現に占有しているときは、然らざる場合に比して売買価額の低下を招来すべきことは経験法則上明らかなところでありこの理は競売手続における競落代金についても同様である。加えて、本件建物については、被告志村が被告会社に対して、賃料月額二〇〇〇円という、物件の価額、用途に比して極めて低い賃料額をもつて賃借権を設定し、かつ被告会社は、同佐藤吉一に対し更に同建物を期間の定めなく、賃料月額四万円と定めて転貸していること当事者間に争いのないところであり、しかも成立に争いがない甲第一二号証によると、被告志村は被告会社に対し、賃借権の設定に際し、予め、賃借権の譲渡転貸を承諾していることが認められる。

このように、賃貸人にとつて、著しく不利益な条件により賃貸借契約がなされているときは、競落の結果所有権を取得しようとする者は、これを承継しなければならない立場に置かれる結果、競買申出には慎重にならざるを得ないところであり、従つて競買申出人は自ら制限され、競売価額は低くならざるを得ないものと考えられる。

以上の点と、既に認定したとおり、現状のままで本件建物の競売手続が進行することにより原告に生ずる未回収債権の存在することを勘案すると、被告志村と被告会社間の右賃借権の設定により低当権者である原告を害する結果を生じているものというべきである。

四  もつとも、被告会社、同佐藤が主張するように、法(民法三九五条)が、期間三年を超えない賃借権につき、先順位の抵当権に対抗し得る旨定めているのであり、右は不動産所有権における用益権と担保権の調和を図る意図に出たものであると理解されるから、出来得る限り両者が許容された範囲内で両立し得るように解釈運用し得べきものであると考えられる。

しかし、右被告らが主張するように、全く両者は無関係であり得るものではなく、用益権である賃借権を設定することにより、担保権に低減を生ぜしめることは既に判示したとおりであり、このような場合は優先する担保権が保護されるのは当然であり、民法三九五条もこの趣旨を定めたものにほかならない。

従つて、抵当権者において僅かの期間その実行を待つことにより賃借権の期間が満了しその明渡しが期待し得るか、或は賃借権の存在することにより回収を妨げられる債権の額が比較的少額であるなどの特段の事情がある場合はとも角、既に設定した事情のもとにおいては、被告志村と被告会社間の前記賃貸借契約は、抵当権者である原告を害するものとして、民法三九五条本文により取消すのが相当と思料する。

よつて、右取消を求める原告の請求は理由がある。

五  次に、被告会社と被告佐藤間の本件建物に対する転貸借契約関係は、被告志村と被告会社間の賃貸借契約が、解除されることにより当然消滅すべきであるから、右賃貸借契約を解除すれば、転貸借契約をも解除する必要はないとも考えられるが、民法三九五条による解除は判決によつてその効力が生ずるものであり、その効力を、画一的かつ明確にする必要から転貸人がある場合においては、賃貸借契約についてもこれを解除する旨の判決をなすべきものと考える。

よつて、被告会社と被告佐藤との間の転貸借契約の解除を求める請求も理由がある。

六  抵当権設定義務者である被告志村は、その設定権者である原告に対し、その約旨に従つて抵当物件である本件建物を保存し維持すべき義務を有するから、この判決により被告志村と被告会社間の右賃貸借契約が解除され、被告会社および被告佐藤が本件建物に対する占有権原を失うことを前提として、被告志村に代位して、被告会社および被告佐藤に本件建物の明渡を求める原告の請求は理由がある。

七  なお、右明渡を求める部分につき仮執行の宣言を求める点については、右明渡は、右判示のとおり、被告志村と被告会社間の賃貸借契約の解除を命ずるこの裁判が確定することを前提とするものであるところ、右解除を命ずる判決に仮執行の宣言を付し得ないことは論をまたないところであり、従つて、右明渡につき仮執行の宣言を付することもまたできないものと考える。

八  以上により、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川上正俊)

(別紙) 物件目録

(一棟の建物の表示)

所在 東京都杉並区天沼三丁目一六七番地四

構造 鉄骨造陸屋根四階建

床面積 一階 一五四・二八平方メートル

二階 一五四・二八平方メートル

三階 一〇七・九五平方メートル

四階  九八・九七平方メートル

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 同都同区天沼三丁目一六七番四の五

種類 居宅

構造 鉄骨造一階建

床面積 二階部分二七・四八平方メートル

(実測五九・五〇平方メートル)

(別紙) 賃貸借目録

(一) 賃貸人  志村澄子

賃借人  株式会社永信物産

賃貸期間 昭和五〇年四月二二日より三年

賃料   一か月金二〇〇〇円

支払期日 毎月末日

(二) 転貸人  株式会社永信物産

転借人  佐藤吉一

転貸期間 昭和五〇年四月より期間の定めなし

賃料   一か月四〇、〇〇〇円

借賃前払額 金四〇、〇〇〇円

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